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いつかみた光景

 その光景は誇らしくもあり、懐かしくもあり....そして少し切なく。



 11/12に行われたロシアW杯アジア予選対シンガポール。どことなく大銀ドームに似た(芝の根付きの悪さまで)シンガポールナショナルスタジアムで行われた試合のスタメンに周作、森重、清武、夢生が名を連ねた。



 いずれもトリニータでプロサッカー人生を始めた子。あのトリニータが輝いていた時代、多くのトリサポが豊穣の年として記憶する2008年。
 周作は入団5年目で正GKの座を下川と奪いあっていた時期。
 森重は入団3年目。ボランチだったけど2007年にシャムスカがCBに(当時のキャプテン三木を押しのけて)コンバート。深谷・大海との3バックはカメナチオと呼ばれた堅守の柱になっていた。
 清武はルーキーイヤー。当時のユース最高傑作と呼ばれてた。
 夢生は2年目。家長の加入で出番はないかもと思われていたが、シーズン開始前に家長が故障。代理の起用に応えて躍動、その年のナビスコ杯の決勝では2アシスト、同時にニューヒーロー賞も受賞した。

 あの年、同じピッチに立っていた4人が今じゃ代表なんだよ。

 GK周作-CB森重-トップ下清武-1トップ夢生と代表の背骨を構成し、前の二人は息のあった動きで前線をかき回し、後ろの二人も相手の攻撃を防いでみせた。

 夢生の先制点、清武の躍動、森重の安定感、周作のフィードの正確性...きっと死んだ子の歳を数えるみたいなもんなんだろうけど、あの時のあの面子がそのまま残ってたらトリニータはどんなチームになってたんだろうかと想像したら、少しだけ画面が滲んで見えた。

 僕は「彼らを育てたのはトリニータ」といいたい訳じゃない。

 周作は広島・浦和で経験を更に積上げた。
 森重は大分にいた頃よりずっと落ち着いた。FC東京で今野って手本が傍にいた事はきっと大きいに違いない。
 清武もセレッソからドイツへ飛び出し、今じゃブンデスのチームの要だよ...あんなにホームシックの強い子だったのに。
 夢生もドイツでのチャレンジが多少失敗だったけど、その経験も含めて力強いFWに成長してる。

 多分、広島サポも東京サポも鹿島サポも「俺たちの」と思いながら声援を送っている筈。

 でも、彼らを育てあげたのはトリニータじゃないかもしれないけど、一度はうちの子になった選手なんだ。どこのチームにいってもずっと応援するよ。

 他チームでいまも活躍している梅崎や東、東なんかはあと少し頑張れば代表に入れる筈。

 代表戦での4人の雄姿を眺めているうちに、不思議とあの頃の若手選手たちを思い出していた。

 池田達哉...プロフィール写真よりずっとずっと男前の彼はSP佐川がJFLから脱退したらどうするんだろう。

 市原大嗣...トリニータでは秘密兵器のままだったけど、サガン鳥栖ではDFで起用されてたよなぁ。現在のホンダロックではFW登録でなにより。

 梶原公はもう引退したんだっけ....。

 2008年の清武と同期の残り3人。小手川はギラヴァンツで、裕大はVファーレン、男前の石田はアスルクラロ沼津だっけ....結局誰もトリニータに残っていないね。

 山陰の超特急こと住田は鳥取のあとにグルージャ盛岡。

 あのナビスコ杯の時の空みたいな青空の下、また彼らがサッカーをしている姿がみれたら、それはとても幸せなことなんだろう。



 そういやプラティニはいまどうしてるんだろうな。
日本代表 2857888704998652040

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  1. そうですね~(*´∀`)
    嬉しくもあり…………

    トリニータと関わった方々には(サポも含め)これからも頑張ってもらいたいです

    このスタメンが見れて「頑張ろう✨」って思っちゃいました❗
    23日はヨロシクお願いします

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