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『落語と私』…桂米朝を偲んで

 ちょっとの間、昔話にお付き合いください。

 僕は技術系の学校を出てからずーっとIT関係の仕事をしている。
 最初はソフトウェア開発者であり、電子顕微鏡の制御ソフトからデータベースソフトなんかを作っていた。

 どちらかというとソフトウェアを作るよりも「ソフトを使って何を実現するか」のほうに興味があった僕に転機が訪れた。
 その当時在籍していた会社が「セールスエンジニア」なる職種を作ろうとしたのだ。その会社が「営業力のある技術者」を作ろうとしたのか、はたまた「技術力のある営業」を作ろうとしていたのかは、今となっては不明。ただ「お客様の喜ぶ姿を見たいです」と毎年レポートに書いていた僕に、配置転換の矢が刺さった訳。

 別に人前で喋れないタイプでもないし、学生時代にプリマハムでバイトして天才売り子と称された僕ならば、営業なんてお茶の子さいさいだと思ってた。

 そんな自信は速攻粉々に打ち砕かれたのは当たり前の話で、3000円のお歳暮は普通に買ってくれるけど、3000万円、3億円のITシステムはそうホイホイ売れるもんではないのである。

 ある日、僕の営業活動に同行してくれた営業の師匠に「今日の内容はどうでした?」と質問した。師匠曰く....。




 「...あのなぁ...鳥ちゃん、喋りすぎやわ。」


 普通に技術者的な思考であった僕は、やっぱり持っている情報を全部お客さんに伝えたかった、いや伝えなきゃいけないと思っていた。全部伝える事が正義だと信じていたのだ。

 まぁ今だからこそ判ることもあるけど、こっちが喋っている間、相手は喋れないのである。営業はいかに相手に喋らせて、相手の要望や、問題視している部分や、予算感なんかとにかく情報を引き出さなきゃいけないのである。

 ある日、SE(これはシステムエンジニア)である先輩と客先の打合せに同席し、その先輩のトークの凄さに驚いた。いや感動したといっても過言ではなかった。つぼを押さえた説明内容、絶妙な会話の間(ま)、さらりと嫌味なく否定する言い回し。
 まぁパーソナリティってものがあって、僕が全くおんなじ喋りを真似ても無理なのは理解できた。しかし、その先輩の会話の間とか、トーンの雰囲気とか、そういったものをどうやってものにしようかと考えた時に、ふと気がついたのである。

 「落語だ。この間合いは落語だよ!」

 そして僕は落語を聞き出し、特に桂米朝の語り口を研究したのだ。

 それからもう20年以上たっている。
 僕のiPhoneには桂米朝の『地獄八景亡者戯』が相変わらず入っているし、相変わらず客先での語り口は下手糞なままだけど。

 そして桂米朝さんが今年の3/19に亡くなられた。



 先日、昼休みに品川の本屋を散策していると懐かしい本が平積みされていた。

 『落語と私』文春文庫(550円+税)



 昔、読んだのだが、度重なる引越しと、人生の転機により手元にはなかったので購入し再読....やっぱり凄い。

 何が凄いって米朝の文章。理路整然というかロジックの構成力が高いというか。もともとこの本は中高生向けに書かれたものという事も影響してか、判りやすい語り口では書かれているのだが「技術文書はこうあるべき!お前ら全員正座して読め!」と後輩に唾飛ばしたくなるくらいの文章。

 落語とは何なのかを、落語を演ずるとは何なのかをきっちり伝えきっている。

 特にこの本の前半「話芸としての落語」「作品としての落語」部分については、演者としての米朝と、学識深い研究者としての米朝の視点があいまって、これ以上の落語論はないというくらい深い内容だと思う。

 この本を読めば、落語についての一通りの知識が身につく筈。

 なぜ桂米朝が人間国宝や文化勲章に値するのかが容易く理解出来ること間違いなし。


 あー...無性に落語が聞きたくなってきた。

 今週末は鈴本の早朝寄席に行こうかな...。
 
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